近ごろ「山」に想うこと。

横田耕一郎(1976年卒 CL)

 最近OBとして、現役と一緒に山に行く機会が多くなった。五葉山を歩きながら、以前と変わらぬ山の姿(下甲子〜大沢入口までの道は舗装になった)を見るにつけ、在校当時、一緒に苦楽を共にした同級生や先輩、後輩の笑顔を見られないことがいささか寂しいような気がする。一見、センチメンタルに思えるような、こんな気持ちに浸っている余裕などない今の自分なのだけれども、そういう気持ちになれるようなクラブ活動を高校時代に続けてこられたことを非常にラッキーだったと思うと同時に、山岳部というものの素晴らしさを改めて自覚させられる。

 在校中に、OBに連れられて早池峰山に行ったことがあった。OBのマイカーに分乗して、夕方18時発、21時頃うすゆき山荘着。翌朝、河原ノ坊から登り始めた。登り始めて間もなく、ひとりの男性に出会った。年老いた老人とまではいかないが、けっこうな年配者だと記憶している。信康さんか鹿内さんのどちらかがその人と話をしていた時、「今まで早池峰山に50〜60回くらい登った」という話が聞こえてきた。その日初めて早池峰山に行った私にとって、それは驚き以外の何ものでもない。その人も、その近辺の人のようではなく、我々のように車で何時間もかけて来た様子だった。しかし、その時の私の驚きというのは、「そんなに何度も同じ山に登って、見慣れた風景に飽きないのだろうか」ということだった。

1975年2月の五葉山

 あれから何年経っただろうか。それほど大げさに数えるほどもない、わずか数年である。まだ同じ山に50回も60回も登ったことはないけれども、ひとつの山に執拗に登るあの人の気持ちがなんだか分かる気もする。考えてみると、山とはいったい何なのだろう。高い山にあまり行かないから言うのではないが、何も数千メートルもの高い山に登らなくてもよいような気がするし、いろいろな山に登らなくてもよいように思う(自然を楽しむために様々な所へ行ってみたいとは思っている)。しかし、ある人は高い困難な山を極めたがり、また、ある人は…。山登りというものは、他人に強制されてからではなく、自ら苦しみに立ち向かうものであるから他人がとやかく言う筋合いのものではないのだけれども、たとえひとつの山でも、登り方次第で「登山」の持つ真の意義を十分理解し、それによってかけがえのない何かを体得できるのではないだろうか。

 近ごろ五葉山を歩きながら、以前とは違った心境で登る自分に、ふと早池峰山で出会ったあの男性を重ね合わせることがある。 

「山椒魚」第3号(1980年2月発行)