山には友情がある。

目黒 力(山岳部顧問)

 私と山との出会いは11年前、本校に赴任し顧問になった時に始まる。学生時代は芝居に凝っていて、公演活動にもっぱら力を注いでいたこともあって、山に接することはほとんどなかった。装備も登山知識も全くない私が、よくもまあ顧問を引き受けたものだと我ながら呆れるほどである。ただ生徒にくっついて行くだけの山行が何年か続き、山行中に遭遇するひとつひとつの出来事に、適切にしかも確実に対処する必要性を認識しつつも、それを体現できず、顧問として恥ずかしい、歯がゆい気持ちを何度となく持ったものである。

 しかし幸いなことにこんな顧問を受け入れ、育んでくれる土壌が山岳部にあった。ベテランの梅森先生や片岡先生が顧問として、あるいは旧顧問として援助してくれ、OBも高校山岳部のあり方を認識した上で、物心両面に渡って協力をしてくれたのである。本校山岳部の伝統的な活動体制の中で、あまり苦労もせずにやってこられたことに感謝している。以後、高校、大学と山岳部活動を実践してきた高野先生を迎え、先生を中心にして、本校山岳部の質的充実がはかられ、気校山岳部のカラーが強化されてきたが、最近、中途で落伍していく生徒諸君がいるのは残念である。

 山に関する名言は数多くあるが、次の言葉を想い起す。「人間と山との戦いは、詩的であり高尚である。偉大なものを好む大衆は登山家の勇気を尊敬する。そして登山家は、障害にぶつかっていく人間の意思のシンボルだ。彼は人を拒もうとする山頂に、人間の理知の旗を立てるのだ。……」とフランスの詩人テオフィル・ゴーチェが著述の中に書き残している。登山が人間の障害に対する戦いであればこそ、登山家は常に困難に挑戦し、それを征服する強さを身につけているのである。高校山岳部の目標も、試練を通して強い意思を培い、自己を作り変えていくところにあるものと思う。日常活動に於いて知識の吸収や技術的訓練につとめることはもちろんであるが、絶えず集団の中での個の果たす役割を考え、人間としての理性と知性を働かせ、常に目的意識をもって活動に参加して欲しいものである。

 エベレスト初登頂の栄誉に輝くテンジン・ノルゲイがかつて来日した時に残した「山には友情がある。山ほど人間と人間を結びつけるものはない。どんな難所でも手を携え、互いに心をかよわすことができる」。この含蓄のある言葉をよく噛みしめ、ますます自己を研鑽していって欲しいと願ってやまない。

「山椒魚」第1号(1977年2月発行)